安曇野市「新庁舎」住民投票の会のブログ~住民投票AZ

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カテゴリ:連載コラム( 4 )


2011年 10月 19日

10月 18日 国のさじ加減でどうにでもなる話

先ほどN新聞社の取材を受けました。
N新聞社は、今までこの件を報道していなかったということでしたので、
新庁舎建設計画のあらましを合併協議会当時からお話しさせていただきました。

今回の住民投票を求める署名集めは
本庁舎建設反対のための署名ではなく、
市民が議論し考えるためにの条例であることを強調しておきましたが
どんな記事になるやら・・・。

記者との雑談の中で
峰岸資料を某国会議員候補者に目を通してもらったことが話題になりました。

総務省官僚だったその方からは、2箇所ほど修正意見をいただきました。
ところが、
資料後段の「震災などが重なり国にお金がなく、従前どおり交付税措置で国から規定どおりに金が下りてくる保証がなくなる可能性があります。」
という部分には修正意見が入らなかったことが実に怖い話だと思う、
と感想を述べたところ、記者曰く
「そもそも交付税措置されるという言葉が国のさじ加減でどうにでもなる話ですから。」

そうなんですよね。
「交付される」のではなく「措置される」というのがポイント。

あくまでも「措置」。
どんな「措置」をするかは、国のさじ加減ということです。

基準財政需要額への算入対象を広げるか絞るかとか、
自治体によって様々に違っている条件を標準化するための補正係数など、
地方交付税の配分基準は国(総務省)の裁量範囲です。
法律など変えなくてもできること。

確かに
「基準財政需要額へ合併特例債の元利償還金が算入されている」のに、
他のところで算入対象が絞られたり、補正係数が変えられて、
結果として交付税全体は減額になってしまう。
そんなことになってしまいそうです。

26日市の出前講座で、担当者にこの件問いただしてみようと思います。
(F.T)
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by az_jumintouhyou | 2011-10-19 00:42 | 連載コラム
2011年 10月 08日

10月 8日 少しの手間でいいから

「民主主義は手間と金のかかるシステムである。」

恥ずかしながらぼくは民主主義について、このことしか知らない。
 中学校のときにこんなことは教わらなかったし、世にはそんな悠長なことは御免と専制主義によって成り立っている社会も多い。
 孔子の理想としたのは周公の治世だったがこれは専制である。先ごろ産経新聞にそのインタビューが掲載されたらしい山口組組長司忍(本名:篠田建市)の暮らす社会(渡世)は任侠道であるが、決して民主主義ではないと思う。また故スティーブ・ジョブズがCEOを務めていたApple Computerも果たして民主主義的経営が成されていたか疑問である。

 しかし民主主義というシステムが、治下にいる人間にとって一番有難いものだということを繰り返し説いていたのは、仏文学者の渡辺一夫だった。少なくともぼくは氏の著作によってこのことを教わった。氏は第二次大戦中、声を発することの出来なかった自分を問い続け、どんなに拙い「民主主義」であろうともこれを手放してはならぬ、と死ぬまで書き続けた。

 今、安曇野市で新本庁舎建設についての住民投票を呼びかける動きが始まり、ぼくも微力ながらこれに組みしている。
 住民投票の重要性については多くの人が述べているので繰り返さない。
 ただ「組みする」人々は、生活費を稼ぐ以外の「金」と「手間」をかけてこのことに任っているのは事実で、ここに党派性は感じない。

 大事なことはみんなで決めたい。大事なことはひとりひとりが諾否を発したい。この極めてシンプルなことを発するエネルギーが、つまり「手間」である。

 どうか、少しの手間でいいからこの動きに賛同して頂けたら、と思う。
(y.S)
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by az_jumintouhyou | 2011-10-08 20:22 | 連載コラム
2011年 09月 05日

9月 5日 宮澤市長の迷走が止まらない

住民投票コラム≪カラスのつぶやき 其の二≫
宮澤市長の迷走が止まらない。

長野道「豊科インターチェンジ」を「安曇野インターチェンジ」に変更するという。
掛かる費用は1億9千万円。経済効果は10億4千万円だとか。10億4千万円とする根拠は何?IC名を変更する場合、隣接市町村の同意が必要だと言う。

観光案内のリーフレットやパンフレットに始まり、看板の類やあらゆる情報ソフト、その他、「豊科IC」とあるもの全てを「安曇野IC」に直さねばならないからだ。果たして近隣自治体の同意はいただけるのだろうか。900億円を超える借金を抱える安曇野市にとって、ただ名称を変えるという事だけに2億円のも税金を注ぎ込む余裕があるのか。必要があるのか。この2億円をあれに使えば、これに使えば、と考えると続々出るわ、出るわ、いくらでもある。

更にこの2億円の事業の為に市民3000人、企業125社にアンケートを取るとのこと。近くのサービスエリアで聞き取りもしていると新聞記事にあった。2億円の事業を進める為にすでに税金の無駄遣いが始まっている。

市長にはこれまで再三にわたり、新庁舎建設にあたっては市民の意見を聞くべくアンケート調査をするようお願いしてきた。80億円を超えるであろう事業にこそ、市民の声を聞くべくアンケートを取ってもらいたいのに・・・。

市長の迷走、暴走を止めるべく「署名集め頑張るぞ!」と決意を新たにしている昨今です。(Y)
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by az_jumintouhyou | 2011-09-05 22:09 | 連載コラム
2011年 09月 04日

9月 3日 小田実さんの「市民立法」に学ぶ

小田実さんの「市民立法」に学ぶ

衛星TV放送で「小田実が遺した言葉」の再放送を見た。私たちが取り組もうとしている住民投票の運動と重なり合う部分が実に多く感動した。

真のデモクラシー実現に生涯をささげた小田実は、2007年7月に死去した。今度の大震災に立ち会えなかったわけだが、小田がやり遂げた大仕事の一つは「市民立法」だった。1995年、阪神淡路大震災を西宮で被災した小田は、「この日本がいかに『経済大国』であっても『民主主義国』ではないし、市民が安心して生きて行ける『人間の国』でないという事実」にぶち当たる(以下「西雷東騒」の要旨引用)。

政治はまた、天災に対して政治の責任はないとマヤカシの主張をした。政治は天災に対して責任はないとしても、天災が引き起こす「被災」には責任がある。政治はまた、日本には被災者に対する公的援助を可能にする法律はないのだと当然のごとく主張した。では、法律がないのなら、そして政治の側につくる気がないなら、市民の側でつくるー「市民立法」実現をめざす市民運動が被災地から全国に広がった。

市民の側が公的援助を法制化する市民立法の原案をまずつくり、志を同じくする国会議員と共闘して「市民=議員立法」の形で実現する。これは、議員、役人にお願いする「陳情政治」ではない。ただ抗議、反対するだけの「抗議・反対政治」でもない。「主権在民」の民主主義の原理に基づく新しい市民の政治参加の原理、方法だ。

1996年5月、小田さんたちは「市民立法案」をつくり、いっしょに超党派でやらないかと、衆参議員全員に送る。賛同議員は着実に増え、市民・議員立法案は参院に提出されるまでになった。それ自体は成立に到らなかったものの、紆余曲折のあと、曲がりなりにも生活基盤回復のための公的援助を法制度とした「被災者生活再建援助法」が98年5月成立した。

いま東日本大震災で行われている被災者援助も、小田さんたち市民が切り開いた法律が基になっています。一方、スケール、やり方は相当に違いますが、私たちが安曇野市の新庁舎問題で住民投票を求めようとしているのも、政治を市民の手に取り戻そうという一点で重なり合うものです。まして住民投票を求めるのは地方自治法で認められた住民固有の権利なのです(Y)。
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by az_jumintouhyou | 2011-09-04 00:58 | 連載コラム